【対談インタビュー 第1弾】センサリーインクルーシブな社会を目指して(児童精神科医・黒川駿哉 先生)

【新企画! 対談インタビュー 第1弾】黒川 駿哉 先生

感覚過敏研究所では、より多くの方々に、感覚過敏や感覚の多様性について知っていただくために、専門家や当事者の方をお招きして、加藤路瑛(感覚過敏研究所・所長)との対談インタビューをお届けしていきます。

第1弾は、感覚過敏研究所の医療アドバイザーに就任いただいた、精神科医・児童精神科医 黒川 駿哉 先生です。黒川先生から見た感覚過敏の問題点とは? センサリーインクルーシブな社会に必要なこととは?

黒川先生の考えや想いを、たっぷりとお話していただきました。

今回はその模様をお届けしたいと思います!

感覚過敏研究所 医療アドバイザー 黒川 駿哉 先生

理解が得られない。気づいてもらえない。周りの人から受ける「扱い」による苦労とは

加藤:黒川先生は、これまで児童精神科医として、たくさんの子どもたちを見てこられたと思いますが、感覚過敏という視点に立つと、どのような苦労や悩みがあるように感じますか。

黒川:お子さんによって様々な感覚過敏がありますが、結局苦労しているのは、それがなかなか他の人に伝わらないことなのではないかなと思っています。

人って自分の想像や常識の範囲を超えたことってなかなか受け入れられないですよね。だから、説明しても理解が得られないとか、気づいてもらえないとか、分かった気になられるとか、そういった周りの人から受ける「扱い」という部分で苦労していることが多い印象があります。

加藤:感覚過敏は目に見えないからこそ、周りの人に伝わりにくかったり、そもそも自分が感覚過敏であることに気が付かないことがあります。これらの側面が、不登校などの生きづらさに繋がってしまうこともありますが、このような問題を解消するためにはどういった取り組みが必要だと思いますか。

黒川:今、加藤さんが言ってくれたように、自分自身が感覚過敏であることに気が付かなかったり、他人と比べられなかったりするので、「それを困りごととして言って良いのか」という部分も含め、難しいハードルになっていると感じます。

僕も感覚過敏の専門家ではないので答えを出すのは難しいのですが、今後の研究によって可能な限り「見える化」して周りの人に伝わりやすくすること。そして社会そのものが「感覚って人によって全然違うよね」ということを前提に、受け皿として変わっていく必要があるのではないかなと思います。

加藤:「見える化」に関しては、感覚過敏研究所では「過敏キャラクター」をはじめ、ひと目見て感覚過敏だとわかるためのツールの開発に取り組んでいます。これ以外に、感覚過敏を「見える化」する取り組みとして、感覚過敏の「スコア化」は必要だと思いますか。

黒川:感覚が過敏な人だけではなくて鈍い人もいるし、同じ人の中でも過敏や鈍麻が様々にあるので、それを一つの軸だけで説明するのは難しいように思います。ただ、加藤さんが送ってくれた缶バッジのように、「私はこの領域に関して過敏です」ということが、周囲に伝わるツールはあった方が良いのではないかなと思いますね。

感覚過敏研究所が開発・販売している「感覚過敏缶バッジ」

感覚過敏がひとつの「プロフィール」になるように

加藤:感覚過敏について周囲の人に伝え、理解してもらうためにはどういったことが必要であると感じますか。

黒川:これは、「精神医学を科学に落とし込むことの限界」と似ているのではないかと思います。

現在、精神医学の中では、DSM-5が診断マニュアルとして最も使われています。たとえば自閉症でいうと、一つ前のDSM-IVでは「アスペルガー」や「広汎性発達障害」など少し細かく分類されていたものが、DSM-5では「自閉スペクトラム症」として一旦ひとまとめにされました。しかし、今度は幅が広がりすぎて「本来診断がつくべきじゃない人にも診断がつき、過剰な医療の介入が行われるようになった」という批判的な意見もあります。

そもそも大前提として「病気・障害なのか」というところから疑う必要があって。だから医療の問題にし過ぎない方が良いと思うんですが、社会の問題だけにすることも恐らく難しい。僕は「多様な人がいるから、みんなジョインできる」っていう社会が理想だと考えていますが、それだけだと難しいこともわかっています。

だからこそ、本当にその症状によってすごく困っている一部の人たち、かつ、その症状に対して医学的な治療や介入が効果があると明らかになっている場合に、医療の診断として含めるのが良いのかなと思います。

しかし、そういう意味では、感覚過敏にはまだ明確に有効な治療法が無い。だからこそ僕としては、「目が良い/悪い」と同じように、個人のプロフィールのひとつとして、当たり前に感覚過敏に関する情報も含まれるべきだと思いますし、「目が悪い子は前の方の席にする」とか、学校で当たり前に配慮されていることと同じような立ち位置になってほしいなと思っています。

オンライン対談中の黒川先生

「特別扱い」は「可哀想なもの」ではない

加藤:僕も感覚過敏はひとつの個性であると思っているのですが、個性だって言えるほど、今その悩みが解決できているかって言ったら、そうではないんですよね。そこをどう個性と言えるまで持っていけるかが難しい。まずは「自分の感覚を愛せるようになる」っていうのが僕の目標です。自分の感覚を愛し、尊重できるような社会にしていきたいと思っています。

黒川:本当にその通りですね。HSPなどの概念も似ているかもしれないんですが、何か新しい概念が生まれて、それが共感を得て広まり、誰かがその概念に触れることで「自分を理解することや安心感が得られること」に繋がること自体は良いけれど、それを「自分を守る盾」にする感じというか、「○○なんだからわかってよ」みたいになってしまうと、逆に社会からは受け入れられにくくなってしまう。

日本ってその辺りが特に難しいなと思っていて。欧米だと人種も宗教も違って当たり前だから、「違い」っていうことに対しての受容性がそもそも高い。一方、日本はまだまだみんな一緒、みんな同じであることが基本で良しとされるので、「人と違う」=「病気」と捉えられたり、「特別扱い」「配慮」「治療の対象」であること自体が可哀想なもの、といった扱いを受けてしまうのが良くないなと思っています。

加藤:「何かを推し進めれば何かが反発する」っていうのはよくあることで、何かを社会全体で推し進めることで、逆につらい思いをしてしまう方もいるという面が難しいと感じています。

黒川:加藤さんとしては、「感覚の障害」や「感覚処理に問題を抱える人」という表現ではなく、あえて「感覚過敏」に絞っているのには何か想いがあるんですか?

加藤:感覚過敏だけではなく、他の感覚についてもやってほしいという要望もあるので、将来的には「感覚総合研究所」って言えるくらい大きくしたいと思っています。今、感覚過敏に絞っている理由としては、僕が当事者であるからということが、いちばん大きいです。

あとは、感覚処理の問題の中でも、つらさの原因として過敏が関係していることも多いので、まずは過敏の問題を解決したいっていうのが僕の気持ちです。でも、将来的にはセンサリーインクルーシブな社会の創造を目指しています。

「感覚過敏」の定義とは?カテゴリー分けすることで見えなくなるもの

加藤:感覚過敏の定義が本当に曖昧だなと感じています。黒川先生の感覚過敏の定義を教えて下さい。

黒川:DSMなどの精神障害の考え方に近いのかもしれないけど、感覚過敏そのものによって困っていて、かつ、それが社会的活動に影響しているっていう方に関しては、「感覚過敏がある」と考えて良いのかもしれません。ただ、過敏があっても自分のことをよく理解していて、過敏さを受け入れたり避けたりすることであまり困っていないような人を、あえて感覚過敏って言う必要はない気がします。

加藤:「自閉症以外の世界では感覚過敏と言わない」という意見を持つ方もいますが、そうではなく、感覚過敏によって困っている人は感覚過敏と言って良いのではないかと。

黒川:そう思いますね。定型発達の人であっても約10%の人がなんらかの感覚の問題を持っていると言われています。確かに、自閉症の診断がついている人の7割から9割くらいの人たちが、感覚の問題を持っているということを考えると、どうしても研究はそこばかりに目が行ってしまう。

ただ、僕の考えとしては、脳の神経ってきれいに自閉の特徴や感覚のところだけが遅れたり、注意力とか多動性だけ遅れたりっていうものではないので、カテゴリーに分けようとするより、みんなそれぞれの領域の発達のばらつきがあると考えたほうがいい。

なので、なかにはASDやADHDの特徴があまり目立たなくて、感覚の特徴が強い人はいると感じるし、そういう人が「病気」という形ではなくて、「自分は感覚過敏があります」って、加藤さんのように堂々と言える社会になるといいのかなって思います。僕、はじめて加藤さんの背景画像の「過敏があるため、オンライン中に具合が悪くなることがあります」っていうのを見たとき、感動しましたよ。

オンライン対談中の加藤所長

背景画像はこのリンクから無料でダウンロードできます。

感覚過敏は後天的になり得る? 大人になったら軽くなる?

加藤:感覚過敏は発達障害だけではなく、認知症、脳卒中、てんかんなど、様々な病気や症状にも見られますが、後天的になり得るものなのでしょうか。

黒川:はい。そこは恐らく、精神科医はみんな臨床的に感じているところではないかなと思います。不安が強い人や虐待を受けている人、トラウマ的な体験をきっかけに感覚が過敏になる人もいれば、統合失調症やうつ病で感覚過敏がある人もいます。

感覚過敏の仕組みに関しては、まだ完全にはわかっていないと思いますが、もともと特性として持っている人であっても、それが強くなったり弱くなったりすることもあるし、何もなかった人が後天的に一時的に過敏になる人もいれば、後遺症みたいな形でずっと残ってしまう人もいるんですよね。

加藤:「幼少期は過敏が強かったが、大人になったら過敏がなくなった」という体験談も聞きますが、こういうことって実際あり得ることなのでしょうか。

黒川:感覚の過敏さが本当に落ち着いているかどうかはわからないっていうのが正直なところです。無意識のうちに苦手な環境を「回避する」術を自然に身に着けた、ということも考えられますし、「今こういう状況ってことは、この後うるさくなるだろうな」というように、ある程度見通しを立てて心の準備ができるようになると、そこまで過敏にならずに済む、ということもあると思います。

加藤:回避行動が上手くなるということですね。それで言うと、自分が感覚過敏であることを知ったことで、苦手な刺激を過度に意識するようになり、むしろ過敏が強くなってしまったっていう話をよく聞きます。自分の過敏さについて意識しすぎず、上手く付き合っていくために何か大切なことはありますか。

黒川:確かにこれどうなんだろうね。

加藤:僕も小さい時から靴下が履けなかったんですが、「感覚過敏によって靴下が履けない」とわかってから、靴下に関してはより過敏になってしまって、ただ1足の靴下しか履けなくなってしまった経験があって。もう穴が開いていますが、同じメーカーの同じ品番なのにこれ以外はダメなのです。

黒川:不安にしても恐怖にしても、何でもそうなんですが、気にすればするほど反応が大きくなってしまうところはありますよね。それで恐怖症のような状態になってしまうと良くない。

加藤:感覚過敏がある人がそういう形で恐怖症になり、やがて、うつ病にまで発展していくっていうケースも…

黒川:ありますね。それこそ、苦手な刺激を避ける行動が強迫的になってきてしまうと、それが障害になる可能性もありますよね。そうなってくると、違うアプローチの治療が必要になる場合もありますね。一方で、感覚過敏ばかりに注目してしまうのも危険で。感覚過敏も心理的な影響を受けやすいので、支援者としては、家庭環境は安全かどうかとか、学校の先生が厳しすぎないかとか、「本人がより安心できるように」という点も含め、トータルな視点に立ち返って考えていくことが大切だと思います。

日本で感覚過敏の取り組みが広まらない理由とは

加藤:海外では「クワイエットアワー」や「センサリールーム」といった、感覚過敏に関する取り組みが広がっていますが、日本ではほとんど広まっていません。日本で広まらない理由は何だと思いますか。

黒川:先程も話した通り、日本では「みんな同じこと」が重視され、特別扱いするのは「病気で可哀想な人」だ、というように個人の問題に置き換わっていることが、いちばん大きい気がします。そのような取り組みを当たり前にやるという認識が、日本ではまだまだ薄い。「慈善事業」ではないけれど、まだ「かなり特別に偉いことをしてます」みたいな雰囲気があると感じます。

腸内環境と感覚過敏の関係

加藤:少し、話が変わりますが、黒川先生は発達障害の方の腸内環境に関する研究もされていらっしゃいますよね。僕も感覚過敏の人の腸内環境に興味を持っています。感覚過敏の解決に繋がる可能性はあるのでしょうか。

黒川:感覚過敏と腸内細菌の関係に関しては、明確なエビデンスは少ないです。マウスの実験では、腸内環境を操作すると、自閉っぽい行動が悪くなったり、改善したりする有名な研究がたくさん出ています。

ただ、去年発表された研究では、便秘や下痢などの消化器症状を持つ自閉症児に対してプロバイオティクス(整腸剤)を投与したら、「複合感覚(複数の感覚を統合して感じる)」の問題が一部改善したことが報告されていました。すぐに下痢になるとか、お腹の痛みを感じやすいとか、「腸内における反応のしやすさ」を「内蔵知覚過敏」と呼ぶのですが、腸内環境がプロバイオティクスによって整ったことで、脳の処理が内蔵知覚に過剰に割かれなくなり、その結果、複合感覚の問題が改善されたのでは、と考察されていました。

ただ、腸内細菌の研究に関して難しいのは、「鶏が先か、卵が先か」ということ。感覚過敏による偏食で食べられるものが限定されるために腸内環境が変化している訳であって、腸内細菌が原因ではないのでは、という報告もあり、まだ結論が出ていないんです。

合理的な「配慮」とは「人権尊重のために必要な工夫」である

加藤:感覚過敏研究所では、センサリーインクルーシブな社会を作りたいと考えています。そのような社会になるために先生が取り組んでみたいことがあれば、ぜひお聞きしたいです。

黒川:理想は「優しい社会になること」。誰かが「合理的『配慮』ではなく、合理的な『人権保護』である」ということを言っていたんですが、すごくその通りだなと思って。

感覚過敏がある人にだって、学んだり、のびのびしたり、自分のしたいことをする権利があります。それにもかかわらず、多数派の人間の基準によって作られた環境のせいで参加できないものがあるというのは、「人権を侵害してしまっているんだ」っていう感覚に社会が変わっていってほしい。

そこに達するまでのプロセスとして「理解を得る」ことが大事になってきます。そういう意味では、クワイエットアワーなどの取り組みを進めるにあたって、「感覚過敏当事者」「お店」「他の利用客」の間で、Win-Win-Winの関係をどう作っていくかが重要になると思います。

たとえば、クワイエットアワーで感覚過敏のある人達のために店内を静かにして、照明も暗くすると、過敏のある人が買い物しやすくなること以外に、店側にとっても、電気代などのコスト削減に繋がるアピールをするとか。あとは、たとえばお客さんにとってはポイントが1%追加でつくようにすることで、他の利用客にもメリットがあるようにしたり。いろいろな人が自然と巻き込まれるような形で、温かい気持ちで取り組んでいけたらいいのかなと思います。すごい思いつきなんですけどね(笑)

加藤:感覚過敏研究所や、私に期待することがあればお聞きしたいです。

黒川:すでに、めちゃくちゃ重要な取り組みをしていると思うし、「解決策」っていうところに踏み込んだ研究所になっていくと、さらに良くなっていくのではないかなと思います。何より当事者っていう強みがすごい。さっき加藤さんが言っていた、「自分の感覚を愛する」ということを、いちばん前に立ってやってくれる人がいると、悩んでいる全国の当事者のみなさんにとってはすごく励みになると思います。

加藤:ありがとうございます。感覚過敏の人にもストレスがなく着用できるパーカーもようやくできて、これからアパレル事業もどんどん進めていきたいと思っています。クワイエットアワーなどの取り組みも、まだスタートラインに立てていないくらいの位置にいます。これからもセンサリーインクルーシブな社会の実現を目指して、頑張っていきたいと思います。

   

感覚過敏の課題解決やセンサリーインクルーシブな社会を目指し、感覚過敏研究所所長・加藤が専門家や当事者をお招きして話し合う対談インタビュー。第一弾は児童精神科医、黒川駿哉先生との対談でした。次回もお楽しみに!

(ライター:ek)

黒川駿哉(くろかわ・しゅんや)

1987年生まれ、山形大学医学部医学科卒、慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程修了。慶應義塾大学病院、駒木野病院、九州大学病院、島田療育センターなどでの勤務を経て、現在は不知火クリニックにて児童~成人の発達障害の専門外来を行っている。英国にてADOS2(自閉症スペクトラム観察検査)、ADI-R(自閉症診断面接)の研究用資格を取得し、児童・発達障害領域の腸内細菌、遠隔診療など多数の国内外の研究に携わっている。子どもの主体性を引き出す様々な団体の活動支援に力を注いでいる。医学博士、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本医師会認定産業医。

研究者情報:https://researchmap.jp/shunya5

Twitter:@shunya5

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