感覚過敏と生きやすさ

感覚過敏体験談

感覚過敏研究所サポーターの柳澤久幸です。感覚過敏があると生きづらさを感じることがあると思います。なぜなら、感覚というものは私たちが生きるために必要不可欠なものだからです。そこで今回は、感覚過敏と生きやすさについて考えてみたいと思います。

感覚過敏とは

感覚過敏とは、私たちの五感(視る、音を聴く、味を感じる、匂いを嗅ぐ、何かに触れる)が敏感あるいは鈍くなっている状態のことを指します。( 参考;
https://kabin.life/kabin )また、感覚を取り入れる過程で重要な働きをするのが脳です。

同様に私たちが生きていられるのも脳のおかげです。感覚過敏は、発達障害や病気・怪我などによって生じるとされています。つまり、感覚過敏は誰にでも起こる可能性があるものと言えます。

当たり前という物差し

私たちの社会は、当たり前や常識という言葉で張り巡らされています。 その当たり前は、時として人と人とのコミュニケーションにおいてすれ違いを生じてしまいます。 すれ違いを防ぐためには、当たり前を一旦かっこに括って保留することが必要です。そうしないと、「当たり前の物差し」がどんどん心に刺さってきます。

感覚過敏というものは身体の機能だけでなく、他人や社会から受ける冷たい視線を感じることがあります。これが生きづらさに繋がります。

この冷たい目の中で生きていくことは、とても辛いです。私も「常識的に考えて」とかを言われることが多いので、やるせない気持ちになります。

常識や当たり前というのは社会で生きていく以上、避けては通れないことなのかもしれません。

言葉のニュアンスが違う

障害があると周りに置いて行かれる気がするという感覚になるかもしれません。事実、私が感じていることです。なぜこういったことが起きるのかというと、人は文化という形作られたものの中に生きているからです。例えば、病院をイメージしてみてください。医者と患者が使う言葉にはニュアンスの違いが起こります。

例えば、あなたが「元気」といった場合にあなたは風邪は引いてないけどお腹の調子がおかしいという意味合いで使っていたとします。一方、話を聞く側は身体に不安はないんだな、と受け取ってしまうかもしれません。

このように二人以上が関わる集団では、コミュニケーションエラーが起きることがあります。

感覚過敏でも、コミュニケーションエラーは起こる可能性があります。感覚過敏を抱える人は、周りの人たちが「当たり前」に感じている世界と異なる体験をしているからです。

例えば、ハイヒールを履く友達がいたとします。あなたは、音に敏感で「コツコツコツ」という音を聞くとイライラしてしまいます。そのことを友人に伝えたところ、「仕方ないじゃん」と答えが返ってきてしまいました。

これは、ハイヒールの音に対する認識の違いからくるものです。人は、自分が経験したことのある世界しか理解することができません。ですから、「感覚過敏」という世界を分かってもらうことはとても難しいものだと思います。

それを少しでも生きやすさにつなげるために、ヘルプマークがあります。このマークの認知率が上がっていけば、何か配慮が必要なことに気づいてもらえる日が来るかもしれません。

生きやすさ

生きやすさというのは、あなたの周りの理解というものに左右されます。なぜなら、人は自分勝手な生き物だからです。

例えば、ゴミ出しをイメージしてみてください。自治体のルールでは、透明の専用袋でごみを出すことになっているとします。しかし、スーパーのレジ袋などで出しているケースがあります。

また、ながらスマホというものもあります。歩道を歩いていて、自転車に乗っている人がスマホをいじっていたという経験はありませんか?先日、自転車に乗っている男子高校生がスマホをいじっていて、危うく自動車と衝突しそうになる場面を目撃しました。

こういったものは、マナー違反とされます。一方で、感覚過敏や障害がある人にとっては、マナーを守って過ごしてもらうことは安全に過ごすための最低限守ってもらいたい部分だという事ができるかもしれません。

例えば、一つ目のゴミ出しの例では嗅覚や視覚過敏がある人であれば、ゴミの臭い、ゴミ袋の色という所で負担になることがあると思います。透明な袋であれば、中身が見えて沢山の色がわかり疲れてしまうということもあるかもしれません。

また白い袋であれば、色の統一感があって良いという事もあると思います。人それぞれ、過敏な部分は違ってきますが「生きやすさ」のためには、折り合いをどこかでつけることも必要になってきます。

社会のマナーというものは、自分が変えられるものではありません。そこにこだわってしまうと長い間、生きづらく過ごすことになってしまいます。だからこそ、周りと折り合いをつけるということが必要です。

この2つの例からもわかる通り、社会で折り合いをつけて過ごしていくという事は、自分を抑え込むという事ではなく、自らの力で環境を変えていくということが大切です。

例えば「周りが理解してくれない」というのであれば、伝わるように説明することやポスター、リーフレットを用意してみるということも効果的かもしれません。

何事も「生きやすさ」と「生きづらさ」は表裏一体だと思います。自分の置かれた環境にどうアプローチして過ごしていくのか?というところが必要かもしれません。

まとめ

今回は、認識のすれ違いを取り上げてきました。すれ違いは、一人一人が感じている言葉の意味が違っているから起こります。だからこそ、当たり前を疑うことや意味を確認していくことが必要なのかもしれません。

そのためにも、自分にある感覚過敏や得意不得意について周りの人に伝えていくという姿勢が大切なのかもしれません。

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