「武器は感覚過敏」-日野公三先生(明蓬館高等学校)との感覚過敏対談

感覚過敏インタビュー

感覚過敏研究所ウェブ制作ライターのミノリンです。

2月17日に、加藤所長とともに、通信制高校の明蓬館SNECの日野公三校長先生と公認心理師の吉田敏明先生に、感覚過敏についてお話を伺ってきました。

日野先生は、スペシャルニーズを持つ児童生徒が自立して暮らしていける社会づくりを教育の最前線の現場から行われていらっしゃいます。

ご著書「発達障害の子どもたちの進路と多様な可能性」では、「感覚過敏」についても記載があり、多くの過敏な生徒たちと向き合ってこられた先生の豊富な経験や見解を伺うことができました。

感覚過敏対談

ー今日はよろしくお願いいたします。(ミノリン)

日野先生
面白そうな取り組みを始めましたね!この感覚過敏研究所を立ち上げて、やりたいことは何ですか?

 

加藤
僕は聴覚過敏や味覚過敏など複数の過敏を持っていて、色々なことを諦めてきました。各地に出かけて名物を食べたくても食べられない。友達とカフェやファミレスに行くのもつらい。食べものに関しては見るのも、ニオイでもダメです。色々なことが感覚過敏があることで「仕方がない」と諦めていることが多いことに気づきました。ですから、感覚過敏があることで日常生活ややってみたいことを諦めなくてもいい社会にしたいと思って感覚過敏研究所を立ち上げました。

 

日野先生
感覚過敏の人のための製品開発などにも役立ちそうだね。
加藤
僕が感覚過敏という言葉や概念を知ったのは中学1年生になってからです。子どもの時は感覚過敏ということも知りませんし、自分の感覚や辛さを表現できませんでした。表現できるようになったのは中学生になってからです。SNECにも感覚過敏の生徒さんはいますか?

日野先生
たくさんいます。
吉田先生

自分の困りごとを言語化できるようになることが最初のステップです。感覚の感じ方が周りと違うと、どうしても最初は周りからの言葉に左右されがちですよね。SNECでは社会に出ていくために困りごとを自己調整していけるような方法や、困りごとと上手く付き合っていく方法を探す手伝いをしていきます。社会の中には様々なツールがありますので、それらと出会うことも大切だと思います。

同じ感覚過敏でも人それぞれ違いますし。過敏である分、疲れも溜まりやすい可能性がありますから、その疲れをどう抜いていくかを一緒に考えることも大切にしています。SNECのプログラムで言うと、体幹トレーニングで身体の使い方、いわゆる力の抜き方を覚えたり、美術で自己表現をしたりなどなど。

ーなるほど、確かに疲れ、たまりやすいですね。そこに気づくことは大切ですね。(ミノリン)

加藤
ところでSNECはネット受講生も多いですか?
日野先生
SNECはネットコース利用は1割ほどで(週1できれば通う)通学が多いですね。9割が男子です。

※インタビューは2020年2月に行なっており、現在は新型コロナウイルスの感染対策のため、オンライン授業を提供されています。

ー女子、男子ではどんな違いがあるのでしょうか?(ミノリン)

日野先生
SNECは男子生徒が多いですね。女子は保健室や別室でフィットする子も多いんです。女性の方が左右の脳をつなぐ脳梁が太く、言語機能において左脳を主に活動させる男性より、バランス感覚が良いと言えるかもしれません。
日野先生
加藤くんは、いつ頃から自分の特性に気づきましたか?
加藤
もともと持ってはいただろうけれど、気づいたのは中学1年生です。自分で気づいたというより、教室の賑やかな声や昼食後の食べ物の混ざった教室にいると具合が悪くなることが多く、保健室で休んでいるときに、保健室の先生に感覚過敏について教えてもらいました。小さな頃はうまく伝えることもできませんでした。感覚過敏を知って気持ち的には楽にはなりました。

ー今の社会風潮が発達障害が増える原因にもなっていると言われていますが、日野先生はどのようにお感じになっていらっしゃいますか?(ミノリン)

日野先生
確かに社会風潮はあると思います。それに時代を覆う価値観でしょうか。過去にも発達障害と共通する特性を持つ人が台頭した時代があります。 社会や他人への違和感、こだわりを持つ人たちです。1970年代のベトナム戦争時や、様々な戦争の後など。日本でも学生運動やリーマン・ショックなどの時代です。そんな時に心理学も発達を遂げます。今もそんな時期なのかもしれません。

ーなるほど、新しい時代に向かう兆しでもあるのかもしれませんね。(ミノリン)

加藤
SNECでは、感覚過敏を持っている子たち同士でトラブルなどはありますか?
日野先生
それは今の所ないですね。学習スペースでは最低限静かにするというルールがあります。話したい子はマルチスペースで話せばいいので、もめたりはしないんです。
加藤
自分が辛いときにどう伝えるといいのかを知りたいです。入学したばかりでは伝えられない人がいるのでは?
日野先生
心理士が担任として関わって、心の声を聞いています。教科担任はその部分での専門ではないから、心理士がしっかり関わります。オンラインコースの利用者は、よほど深刻な引きこもりか、自分で活動している子が多いです。場面緘黙の子などもいます。週1で来て、ルーティンで慣れていきます。スクーリングで世界観が変わる子は多いですよ。
加藤
友達ってなんでしょうか?同年代の中で居場所のなさを感じることがあります。
吉田先生
年齢に関係なく、趣味友がいることが大切だと思います。フランクに話せる人がいるだけでだいぶ違うかと思います。
日野先生
無用な競争意識が人間関係を阻害するのであり、学年は関係ないと思います。考え方が大事。感覚過敏もポジティブに捉えると変わっていきます。感覚過敏の人だからこそ発揮できる能力や活躍できる場があると思います。

ー感覚過敏は世の中に必要。本当にその通りだと思います。

吉田先生
赤ちゃんは生まれたばかりの頃は感覚過敏です。成長とともに必要な刺激を選んで受け入れるようになり、ある刺激に対しては鈍感になったりしていきます。感覚過敏の人は鈍感になることを選ばなかった。

感覚過敏は感じ方の問題だと言われています。苦手なことに対して、意味づけをしていくと、ネガティブなイメージだった感覚がそれほど悪いものではなくなっていきます。

聴覚過敏の方がイヤマフを使うなどツールを使うことで過敏さと上手に付き合っていけるようにしていく。感覚過敏とうまく付き合っていくことが大切です。

日野先生
感覚過敏は才能のひとつですよ。リスク管理ができる。危ないと気付くことができる。過敏が大切な仕事もあるし、鈍麻する方がいいものもあります。自分で選択して感覚過敏に対応していく道を見つけ、自分で対処法などを説明できるようにする。そのお手伝いをSNECはしています。

ー適材適所ですね。(ミノリン)

日野先生
それに、過敏があるのはいいことでもあります。それが原因で社会適応しづらいことを良くないと思われてしまうことはありますが、自分が「どんな社会で生きていくのがいいか」を考えるきっかけになります。例えば、聴覚過敏のある人が野次も多く人も多い国会のような場所で生きたいと思うのかどうかですね。自分で生きやすい場所を選べる。

SNECでは自分を言語化できるようにしていくんです。自分の取扱説明書ですね。3年かけて作る子もいるんです。自分なりのヘルプカード作りです。例えば場面緘黙の子ですが、自分でポートフォリオを作りました。色々場面緘黙について調べ上げて、中国に旅行するチャレンジをしたり。今では場面緘黙のエキスパートです。強みにするということなんです。弱さをメタ認知することで社会に出ていく活力になるんです。合理的配慮を伴うならば、本人が納得する伝え方を探せばいい。

ー「自分取説」。これは過敏持ちには必要ですね。キーワードは自己選択ということですね。自分で考えて、選択していく。ところで過敏について、相談は親からも多いですか?(ミノリン)

日野先生
生徒よりも親からの相談は多いです。親が過敏持ちでないと、理解が難しいんです。例えば真冬も半袖の子がいるでしょう?親は元気でいいと思うかもしれませんが、これは代謝機能の問題だったり、自律神経の問題かもしれません。
加藤
感覚過敏や発達障害があっても海外留学はできるでしょうか?感覚過敏を持つ人の将来の可能性はどうですか?
日野先生
海外に行っている生徒もいますよ。それに、周囲との違和感を感じる人は人類に必要です。そういう人たちが時代を変えてきたんです。

違和感の逆は、何だと思いますか?同調しやすい(鈍磨している)平凡な人、普通の人です。過敏を持っている人から周囲が何を学ぶか。過敏の方を変えるより、周囲をどう変えるかが大切だと思います。過敏は必要です。過敏と一緒に暮らして、ストロングポイントにするのです。私は昔リクルートにいましたが、変わった面白い人がたくさんいました。それでも息苦しかったのを覚えています。自分の理想の場所は自分で作るしかないんです。

ー過敏をストロングポイントにする。発想の転換ですね!

日野先生
時代の変わり目や新規事業立ち上げには過敏な人が必ずいます。そういう人が必要なんです。例えば初期のIT業界やゲーム業界に私も一時期いたのですが、とっても変わった人ばかりでした。そういう人を見ていると、普通の感覚ってなんなのかと感じます。感覚過敏は武器になります。

ー自分流を貫くことが大事ですね。「武器は感覚過敏!」と言えるくらいに。素敵なフレーズですね!(ミノリン)

加藤
ところで最初にも少し話が出た製品開発ですが、感覚過敏のための服も作りたいと思っています。
日野先生
感覚過敏スーツとか、あったらニーズありそうですね。SDGsもそういう考え方と似ていると思います。既存の周りの価値観を壊していくことが必要。解決というより、向き合い方ですね。SNECの立ち上げメンバーも面白い人ばかりなんです。過敏さんや発達障害持ち。突き抜ける方がいい。傾向と対策(取説)を考えて、過敏を武器にしていく。自分のインタレスト(関心)を追求してください。活動、応援しています!
加藤
とても勉強になりました。今日は本当にありがとうございました!

対談を終えて

日野先生は終始温かな笑顔で、過敏をポジティブに捉えることを実践されていらっしゃるノウハウを教えてくださいました。

一番印象に残ったのは、「武器は感覚過敏!!」

過敏を強みにしていける一助となるように、感覚過敏研究所ではこれからもたくさんの方にお話を伺って皆様にお伝えしていきたいと思います。

日野公三(ひのこうぞう)先生プロフィール

明蓬館高等学校校長1959 年愛媛県生まれ。(株)リクルート、神奈川県の第三セクター取締役などを経て、2000 年東京インターハイスクール(米国通信制高校の日本分校)、2004 年国の教育特区による初の高校、アットマーク国際高等学校を創立。自閉症作家として活躍する東田直樹氏を受け入れて以来、大きな使命感を持ち、2009 年明蓬館高等学校を創立。

明蓬館高等学校 https://www.at-mhk.com

著書:発達障害の子どもたちの進路と多様な可能性

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ABOUT US

米澤 美法 Minori Yonezawa ☆感覚過敏研究所 ウェブ制作ライター ☆NPO法人自由創造ラボたんぽぽ 代表理事 ☆一般社団法人 子育てこころケア湘南  子育てこころサポーター  ☆特定非営利活動法人湘南パートナーズ心理教育総合研究所認定  心理支援カウンセラー ☆中学校介助員 ☆子育て支援員 学生時代からいろいろな国へ 放浪の旅に出て(20ヶ国) 様々な価値観に触れる。 出版社で海外広告を担当、 ヨーロッパを巡る。 結婚、育児を経て 青少年指導員、 ベビーシッター、 ファミリーサポートサブリーダー などを経験し 子どもにとっての幸せについて 真剣に取り組みだす。 子ども時代の海外での生活、 成人してからの海外での仕事の経験から 日本と海外の視点の違いも含めて 日本で窮屈さを感じる子どもたちのための 自分らしく生きられる環境づくりを目指して 日々活動している。