【体験談】味覚過敏とハーブのシチュー

かびんライフ

感覚過敏研究所ライター「うち」です。今回は、私の味覚過敏のエピソードをお送りします。味覚過敏の程度は人それぞれです。無理して食べると悪化する場合があるかもしれないこと、決して無理強いをするべきではないということを、心に留めてから読んでください。

子どもの頃の味覚過敏

恥ずかしながら、感覚過敏、味覚過敏という言葉を知ったのは近年のことだ。それまでは、好き嫌いの問題だと思っていた。感覚過敏のことを知り、記憶をたどってみると、子どもの頃は、今よりずっと味覚が過敏だったことを思い出した。

小学校の給食は、吐き気と戦いながら無理に詰め込んでいた。実際に給食で吐いた記憶は無いので、そこまで重度の過敏ではなかったのかもしれない。けっこうな量を残していた記憶があるので、時間になれば残すことができるシステムだったようだ。

一方で、弟は残すことを許されず、放課後まで居残りをさせられていた。居残りさせたことを忘れて、担任が帰ってしまったこともあるらしい。このような仕打ちを受けた弟は、今でもほとんどの食材を食べることができない。

味覚の変化の可能性

中学校も給食だったので、小学生の頃と様子はあまり変わらなかったのではないだろうか。よく覚えていない。よく覚えていないくらいなので、小学校の時ほどは苦労していなかったのだろう。要領良く給食を残すようになっていたのかもしれない。高校では弁当だったため、無理して食べた記憶は無い。

大学生の頃は、居酒屋でアルバイトをしていた。家からの仕送りが無かった身としては、夕食を食べさせてもらえるのはありがたく、残すのは申し訳なかった。毎回バイトの度に、決死の覚悟で賄い飯に対峙し、戦いを挑む必要があった。という気持ちで始めたアルバイトだが、実際は、毎回の賄いが楽しみで仕方なかった。キャベツや大根など、食べることができなかったはずの食材を、いつの間にか美味しく頂くことができていたのだ。

なぜだかは分からない。大人になるにつれ、歳と共に味覚が変わっていったのかもしれない。子どものうちは苦みに敏感だという話も聞く。それとも、学生の頃はタバコを吸っていたので、味覚や嗅覚が鈍っていたのだろうか。苦手なものを食べない間に、味覚が変わって食べることができるようになるのなら、子どもの頃に無理して食べていたのは、いったい何だったのかという気にもなってくる。

それでも、いきなり全ての食材を食べることができるようになるワケがない。どうしても無理な物がいくつかあったが、その内の1つがセロリだった。

私にとって、セロリの香りはゴムのニオイにしか思えなかった。小学生の頃、真夏に庭で風船を放置したところ、風船がドロドロになってコンクリートに貼り付いたことがある。その時のドロドロになった風船のニオイと、セロリのニオイは、変わらないように思えた。香り付けにセロリが使ってあるだけで、もう食べる気が起きなかった。食わず嫌いではない。毎回、必ず口には入れていたが、完食するのは途方も無いことに思えた。

ところが、そのセロリを食べることができるようになった出来事があった。ここではゴムのニオイなどと書いているが、本当はセロリに心から礼を言いたいくらいだ。どういうことなのか、ぜひ最後まで読んで頂きたい。

味覚過敏とハーブのシチュー

大学を卒業して数年後、私は某所でハーブのシチューと対峙していた。絶対に残せない戦いが、そこにあった。決して料理が得意だとは言えない私の恩人が、夕食のために、朝から手間暇かけて作ったシチューだったからだ。

シチューを前にしたとき、私は先ず、具材を確認した。数種類のハーブ、トマト、数種類の豆、それからセロリ…。唯一の安心材料がトマトだった。若い頃はよく夏バテをし、体調が優れないときにはトマトしか食べることができなかった。シチューに入ったトマトを食べたことは無かったが、きっと美味しいに違いない。そう自分に言い聞かせていた。

ハーブティーは得意ではないが、1度だけ飲み干した経験はある。大丈夫。希望的観測でしかないが、心の中でそう唱えていた。だが、シチューに入っていたハーブの大きさは、刻みパセリの比ではなく、量が尋常ではなかった。

ここで、みなさんの想像を修正させてもらいたい。私の目の前にあったのは、S&Bやハウスなどが販売している、箱に入った固形のルーを使用したシチューではない。豆の皮の色が移ったのだろうか、スープ状の液体は、うっすらと黒っぽいような茶色っぽいような、何とも言い表せない色に見えた。

何とも言い表せない色の液体に、見たこともない色や大きさの豆が大量に投入され、所々に形の崩れたトマトと刻んだセロリが確認される。それらの具材に、黒っぽく変色した種々のハーブがまとわりついていた。そこから立ち昇る、強烈なハーブのニオイ。それは、苦手なはずのセロリのニオイが確認できないほどのものだった。

とにかく量を減らすため、大量に入っている豆から食べ始めると血の気が引いた。それは私が知っている豆という食べ物ではなく、ほぼハーブだった。ハーブの味とニオイが豆を浸食し、新種の食べ物を作り上げていたのだ。給食で感じていた吐き気どころではない。これまでに感じたことのない衝撃が身体を突き抜けた。

だが、絶対に残せない戦いを、1口目で終わらせるわけにはいかない。気持ちを奮い立たせ、一旦状況を立て直そうとトマトを口に入れた。しかし、一縷の望みは一瞬にしてかき消され、絶望が襲ってきた。トマトも豆と同じだったのだ。いや、豆以上にハーブの味しかしなかった。

ハーブ味のする原型を留めないトマトで、私の心は完全に折れた。絶対に残せない戦いが、2口目で敗北となるとは…。せめてもう一口だけ、セロリを食べて残そう。どう言い訳しようか。などと考えながらセロリをスプーンに入れた。味方であるはずのトマトにやられたからだろうか。苦手なセロリを嫌だと思う気力も無かった気がする。

思い切ってセロリを口に入れると、予想に反してセロリそのものだった。セロリだけはハーブに負けず、いつもの存在感を示していたのだ。慣れ親しんではいないが、私が知っているセロリの味だった。異国で知人にあったような安心感を覚え、なぜだか分からないが、なんとかなる気がしてきた。

結局、私はセロリに救われながら、そのシチューを残さず食べた。この出来事以降、セロリは苦手だと思わないようになったし、裏切られたはずのトマトも美味しく食べている。ただ、ハーブのシチューは、今後は食べる前にお断りするつもりだ。

これだけは言っておきたいが、私がハーブのシチューを食べきることができたのはたまたまだ。若気の至りで無茶をしたと言ってもよいくらいだと思っている。不謹慎だと言われるかもしれないが、ハーブのシチューでトマトを食べたときのショックは、後年、脳腫瘍の可能性があると告げられたときと、さほど変わらないくらいだ。

改めてお願いする。あなたの周りの味覚過敏がある人に、決して無理強いはしないでほしい。

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