2025年12月頃、JR横浜駅と立川駅で「カームダウン・クールダウンスポット」の実証実験が行われていた。いつもなら、感覚過敏研究所の所長として視察に行き、体験レポートを公開しているが、今回は別のレポートを公開したい。
以下は、私が在籍する大学で「建築環境心理学」の最終レポートとして提出した内容である。
感覚過敏研究所のレポートではなく、「建築環境心理学」を学ぶ大学2年生の視点で書いたものであるので、拙い部分もあるかもしれないが、あえて公開してご指摘を受けようと思う。
1.はじめに
私は感覚過敏の課題解決を目指して感覚過敏研究所を立ち上げ、啓発活動や対策商品・サービスの企画・販売・監修を行っている。現在は、カームダウンスペースの普及や施設導入の支援にも取り組んでいる。
カームダウンスペースとは、周囲の音や光、視線などの感覚刺激から一時的に離れ、落ち着きを取り戻すための空間である。特に発達障害や感覚過敏のある人、パニックを起こしやすい人にとって、外部刺激を遮断し、心身を落ち着かせるための休憩所・避難所として機能する。
近年、公共空間にもカームダウンスペースの導入が進みつつあるが、その実際の利用しやすさや心理的効果については、まだ十分に検討されていない。
JR東日本は2025年10月15日から12月下旬まで、横浜駅と立川駅で「カームダウン・クールダウンスポット」の実証実験を行った。私は横浜駅の設置場所を視察し、写真記録を行い、7名への簡易インタビューを実施した。本稿では、その結果をもとに、建築環境心理学で学んだ観点から、JRのカームダウンスポットの特徴と課題を評価・考察することを目的とする。
2.調査方法
本調査では、JR横浜駅に期間限定で設置されたカームダウン・クールダウンスポットを対象に、現地観察と簡易インタビューを行った。
まず、2025年12月2日に現地を訪れ、施設の位置、周囲の環境、案内表示、空間構成などを観察し、写真撮影を行った。なお、カームダウンスポットは5箇所設置されており、全ての箇所を確認した。
次に、撮影した写真を用いて、感覚過敏当事者7名にオンラインインタビューを行った。まず「休憩するときにどのような条件を重視するか」を尋ね、そのうえで横浜駅のカームダウンスポットの写真を提示し、①この場所をどのような場所だと感じるか、②自分なら利用するかどうか、について口頭で回答を得た。
3.横浜駅に期間限定で設置されたカームダウンスポットについて
【全体概要】
カームダウンスポットは5箇所設置されていた。JR東日本は、カームダウンスポットの場所をしめす「センサリーマップ」を期間限定で公開していたが、実証実験終了と同時に非公開にしている。そのため、5箇所の位置は構内図を利用して図1のように整理した。

【カームダウンスポットNo.1】

No.1のカームダウンスポットは向かって左手にコンビニの出入り口があり、右手に電車ホームへの階段がある場所に設置されていた。
電車が到着すると、たくさんの利用者が階段を降りてこのカームダウンスポットの前を通る状態だった。
また、一般的なカームダウンスペースとは違い、仕切りはなく、ダークグリーンでゾーニングされただけの場所であった。通路より奥まったスペースであるが、横にあるドアから人が出てこないか不安になる人もいると想像される。天井からの照明の入り込みは少なく眩しさは軽減されたスペースであるが、人通りの多さと遮音性はない場所である。
【カームダウンスポットNo.2】

No.2のカームダウンスポットは向かって右手に多目的トイレがあり、左手に電車ホームへの階段がある場所に設置されていた。
No.1と同様に、電車が到着すると、たくさんの利用者が階段を降りてこのカームダウンスポットの前を通る状態だった。さらにNo.2は階段を降りた人の視線が届きやすいため、この場所に立っていると、「何をしているのだろう?」という視線を強く感じる場所であった。
人通りも多く、遮音性はない場所であった。
【カームダウンスポットNo.3】

No.3のカームダウンスポットは今回、唯一、改札外に用意されていた。改札横の駅員がいる場所である。かつては有人の場所であったが、現在は用事がある時に呼び出しボタンを押す形態になっており、シャッターが閉まっていた。
小部屋空間のようになっており、この場に立っていても通行人の視界に入らず目立ちにくい。
またドアが閉まっている状態だと一定の減音を体感した。(騒音計で計測しなかったことが反省点です)
ドアはガラス張りのため遮光とは言い切れないが、一定の暗さがあり落ち着いた印象のある場所であった。
【カームダウンスポットNo.4】

No.4のカームダウンスポットは向かって左にエレベーター、右手のガラスのエリアは、改札外の駅の通路となっている。
エレベーターはガラス張りであり、中に人がいると、視線が合ってしまう。また、エレベーターの作動音があり、聴覚への刺激は多い。
このカームダウンスポットの真横を通る人自体は少ないと予想されるが、正面は電車ホームへの階段があり、降りてくる人の視界に入ってしまう場所である。また、右手のガラス張りの壁の奥には通行人がおり、視覚的に休まる場所ではなかった。
【カームダウンスポットNo.5】

No.5のカームダウンスポットは駅長室へのドアの真横にあった。右手に自動販売機、左手にコインロッカーがあった。
このコインロッカーは音声案内があり、荷物の出し入れをしている人がいると、落ち着くことが難しい音量が出る。また、自動販売機で購入する人がいると距離が近くてお互いが気になってしまうである。
天井からは、カームダウンスポットをダウンライトが設置されており、眩しさも感じられる場所であった。
【5つのカームダウンスポットの総評】
一般的なカームダウンスペースとは違い、床に足型マークが書かれたダークグリーンでゾーニングされただけの場所である。名称をカームダウン「スポット」としているのも、このような理由からだと推測する。
私はこれまで複数の施設のカームダウンスペースの導入アドバイスや監修を行ってきている。その際に注目している点は大きく分けて3つある。
①人の視線を遮断して休憩できるか
②遮音できるか
③遮光できるか
3つ全てを満たすカームダウンスペースが理想ではあるが、公共スペースにおいては実現は難しい。そのため、まずは1つでも満たせるような場所を選定したり、環境調整を行っている。
しかし、横浜駅のカームダウンスポットは、上記の基準の1つすら満たすものがない状態だった。

4.インタビュー
上記の写真や設置環境を説明し、感覚過敏当事者7名にオンラインインタビューを行った。
まず、普段休憩するときに重視している条件について尋ね、その後でJR横浜駅のカームダウン・クールダウンスポットの写真を提示し、
①この場所をどのような場所だと感じるか
②自分なら利用するかどうか
③落ち着ける場所として適切だと思うか
について口頭で回答を得た。
以下は、7名が休憩に求める条件の優先順位と、横浜駅のカームダウンスポットへの印象・利用意向を整理した内容である。

5.授業で習った理論を利用した考察
【他者との距離の観点(パーソナルスペース)からの考察】
授業で扱ったソマーのパーソナルスペースや、ホールの距離帯の理論によれば、人には他者と一定の距離が保たれることで安心感が生まれる。しかし、横浜駅のカームダウンスポットは、通路に隣接し、常に人が近くを通過する位置に設置されていた。さらには、パーテーションなどの仕切りもなかった。そのため、利用者のパーソナルスペースが十分に守られず、「見られている感じがする」といった不安がインタビューでも確認された。カームダウン・クールダウンを必要とする状態では、より安心できる心理的距離が求められるが、本スポットではそれを確保できる条件が整っていなかったと考えられる。
【行動場面論の観点からの考察】
行動場面論とは、特定の場にはその場にふさわしい行動の型があり、人はその枠組みに沿って行動しやすくなると考える理論である。横浜駅のカームダウンスポットは、周囲が「歩く」「移動する」という行動で構成された通路空間の中に設置されていた。そのため、「その場にとどまる」「落ち着く」という行動は周囲の行動場面と一致せず、利用者自身が場違いな行為をしているように感じてしまう。
通常であれば、ベンチが休憩場所の役割をするが、今回のスポットは床に色でゾーニングしただけのエリアで椅子がないため、休憩の行動場面になることも難しい。その結果、休憩を促す目的がありながら、実際には休息行動が行いにくい場面になっていたと考えられる。
【アフォーダンスの観点からの考察】
アフォーダンスの理論では、環境が人にどのような行動を「促しているか」が重要である。今回のスポットには椅子や囲いがなく、「ここで座って休んでよい」という手がかりが欠けていた。一方で、通路という配置は「通過する場所」であることを強く示している。そのため、利用者に与えられていたアフォーダンスは「立ち止まる」よりも「通り抜ける」ものであり、カームダウンスペースの説明が掲載されていたが、休息のための場所として認識されにくかったと考えられる。
以上のように、パーソナルスペース、行動場面論、アフォーダンスの観点を総合すると、本スポットは「配慮としての象徴性」は持ちながらも、実際の休憩行動を支える条件が十分に整っていなかったと考えられる。
6.まとめ
本稿では、JR横浜駅に実証実験で設置されたカームダウン・クールダウンスポットについて、現地観察と感覚過敏当事者へのインタビューを通して検討した。その結果、同スポットは「落ち着くための場所」として十分に機能していない可能性が示唆された。
第一に、通路に隣接し、仕切りがない配置のため、他者の視線や通行が常に入り込み、パーソナルスペースが侵されやすい環境であった。これは、ソマーやホールの距離帯理論から見ても、安心感を得にくい条件である。
第二に、行動場面論の観点からは、「歩く」「通過する」ことを前提とした通路空間の中に設置されたことで、「とどまって休む」という行動が周囲の場面と一致せず、利用者に場違い感を与えていた。
第三に、アフォーダンスの観点では、椅子や囲いなど「ここに座って休んでよい」という手がかりが弱く、床の色によるゾーニングだけでは、休憩のための場所として認識されにくかった。
インタビューでは、ほぼ全員が「まず座れること」「人通りや視線が少ないこと」を休憩条件として挙げた一方で、横浜駅のカームダウンスポットについては「利用しない」「落ち着かない」と評価する意見が多かった。これらは、空間が示す意味と、利用者が求める休憩条件との間にズレがあることを示している。

横浜駅構内には、上記写真のようなベンチが設置されている場所もあった。当事者インタビューでは、このベンチのほうが良いと回答する者も複数いた。
以上より、カームダウンスペースを公共空間に設置する際には、単にゾーニングを行うだけでは不十分であり、①視線・通行からの保護、②休憩行動を支える配置、③カームダウンエリアであることが直感的に分かる手がかり、の3点を意図的に設計する必要があると考えられる。
今後は、実際の利用の様子を観察したり、他の形態のカームダウンスペースと比較したりすることで、より効果的な設計条件を検討したい。
さらに、カームダウン・クールダウンスペースそのものの認知不足も課題である。公共施設にこのようなスペースがあることが広く理解されることで、利用への心理的ハードルが下がり、必要とする人がより安心してアクセスできる環境づくりにつながるだろう。
参考
「カームダウン・クールダウンスポット」「センサリーマップ」を駅に試験的に整備します(JR東日本プレスリリース)

