イヤーマフをつけているのに、声だけが残ってつらい。
ノイズキャンセリングを使うと、今度はアナウンスが聞こえなくて不安になる。
耳栓は効くけれど、長時間つけると痛い。蒸れる。外耳炎が心配になる。
聴覚過敏の対策グッズは増えてきました。けれど、「対策がある」ことと「安心して使える」ことは別です。
そこで感覚過敏研究所では、当事者が抱える課題と実態を明らかにするため、対策グッズに関するウェブアンケートを実施しました。
寄せられた回答から、困りごと・工夫・限界を整理したところ、一貫して見えてきたのが次の言葉でした。
「必要な音は聞きたい。でも、苦手な音だけ下げたい」
これは単なるわがままではありません。日常生活の中で、安全と参加を両立させるための、切実な要求です。
ここから、いまの対策が抱えている構造と、これからの支援・設計の方向性を考えます。
1. (背景)対策があるのに、まだつらい理由
聴覚過敏は、本人の我慢だけでどうにかできるものではありません。
しかし現実には、「本人がイヤーマフや耳栓を用意して乗り切る」という形に寄りがちです。
その結果、次のような状況が起きます。
・効果が出ても、周囲に誤解される(「音楽を聴いているの?」など)
・強く遮音すると、必要な情報まで消えて不安が増す
・装着がつらくて続かない
・「対策できているかどうか」が本人の責任になる
そこで本調査では、対策が効いた/効かなかったの評価だけでなく、「どんな音がつらいのか」「何が障壁になるのか」「どんな条件なら使えるのか」を、自由記述から掘り起こすことを重視しました。
2. 調査概要
方法:Googleフォームによるアンケート(選択式+自由記述)
回答数:336件
複数回答あり(割合合計は100%になりません)
集計:Googleフォーム自動生成グラフを基本に、自由記述はテーマ別に整理
調査:2022年10月実施
自由記述は探索的に分類しています(今後は分類基準の明文化・複数者による再分類などにより、再現性を高める予定です)
また公開にあたっては、個人・所属・地名・固有名詞などの特定につながる情報は削除または一般化し、引用は短文に限定しています。
3. 使われているのは「遮音系」に集中していた
対策グッズの利用は、主に次のカテゴリに集中していました。
・イヤーマフ
・ノイズキャンセリング機器(ANCイヤホン/ヘッドホン)
・耳栓(素材別:シリコン/ウレタン)
一方で、「何も使っていない」回答も一定数ありました。
ここで重要なのは、「対策グッズが少ない」というより、実際に使い続けられる手段が限られていることです。
選択肢があっても、使える形に落ちていない。あるいは、使うことで別の困難が発生する。そうした構造が見えます。
聴覚過敏対策に使用しているグッズ(複数回答、n=336)

上位の選択肢は「遮音・低減」を主機能とするものです。対策の主流が「遮る方向」に寄っていることが分かります。一方で「何も使っていない」層が存在することは、対策が用意できないのではなく、使えない理由がある可能性を示します。
4. 困る音は4群に分別 鍵は「音量以外」にあった
自由記述から、困る音は大きく4群に整理できました。
- 人の声・群衆(ざわめき、複数人の声、子どもの声、泣き声)
- 交通・街の突発音(電車、クラクション、踏切、改札など)
- 警報・通知・電子音(緊急地震速報、アラーム、チャイム、放送など)
- 室内の機械音・環境音(換気扇、エアコン、PCファン、BGMなど)
ただ、ここで結論を「人混みがうるさい」「突発音が苦手」とまとめてしまうと、核心を落とします。
複数の記述で強調されていたのは、音量よりも条件(環境の性質)でした。
・反響する(逃げ場がない/広がる)
・同時多発(いくつも重なる)
・予測不能(突然鳴る/立ち上がりが急)
・必要音と苦手音が同居する(会話・アナウンス・緊急音は必要)
つまり問題は「大きい音」ではなく、調整できない状態そのものにあります。
聴覚過敏の困りごと

5. 困り方は4層 身体と生活の選択肢が削られていく
困り方は、次の4層に整理できました。
身体:頭痛、吐き気、動悸、耳痛、疲労の蓄積
認知:集中できない、会話が聞き取れない、情報が処理できない
行動:その場にいられず避難する、外出できる場所が限定される
社会:誤解される、説明が難しい、注意される、摩擦が生じる
聴覚過敏による生活の影響

ここで大事なのは、聴覚過敏が「刺激→反応」で終わらないことです。
反応の結果として、参加・移動・学業・就労の選択肢が削られます。
つまり聴覚過敏は、体質というより、社会参加の条件を左右する要因になっています。
6. 遮音は助けになるが同時に不安も増える
自由記述で繰り返し出てきたのは、この二重要求でした。
必要な音は聞きたいが、苦手な音だけ下げたい
現状の対策グッズは、この要求を同時に満たしにくい。
結果として当事者は、つねにトレードオフの選択を迫られます。
・苦手な音を下げる → 安全(緊急音・呼びかけ)や会話が不安になる
・必要な音を残す → 苦手な音が残って負担が続く
・装着で耐える → 痛み・蒸れ・眼鏡干渉など別の困難が出る
ここで見えてくるのは、「遮音性能が足りない」という話ではありません。
遮音を上げれば上げるほど、副作用が増えるという構造です。
トレードオフ概念図(遮音/安全/装着負担)

7. 本当に欲しいのは「より強い遮音」ではなく「運用可能な調整」
本調査から逆算される要件は、遮音性能の上積みだけではありません。
むしろ中心は、継続使用と安全・社会性を含んだ「運用可能性」でした。
整理すると、要件は5領域です。
- 聴取の制御:苦手音を優先的に弱める/段階調整
- 安全性:必要音を残す、または代替通知(可視化など)
- 快適性:蒸れ・圧迫・眼鏡干渉の低減、長時間使用
- 適合性:子どもサイズ、自己装着しやすい、手順が少ない
- 社会性:誤解されにくいサイン、説明支援(カード等)

ここでポイントは、「機器だけ良くすれば解決」ではないことです。
機器+周囲の理解+空間設計がセットになって初めて、日常で使える支援になります。
8. 社会的含意
現状の対応は、どうしても個人が装備して適応するモデルになりがちです。
しかしその場合、装着負担・安全不安・誤解対応などのコストは、当事者が引き受け続けます。
学校では、授業参加のために個別対策が求められ、孤立や誤解のリスクが生まれます。
公共空間では、安全と配慮の両立が制度的に設計されていないと、当事者が自己判断でリスクを背負うことになります。
職場や商業空間でも同様に、騒音環境への適応が個人責任として扱われやすい面があります。
必要なのは静かにすることだけではなく、調整可能にすることです。
それは空間設計・製品設計・社会文化の課題として再定義されるべきだと考えます。
9. 実践的示唆 誰が何をできるのか
読者が混在している前提で、あえて「役割別」に整理します。
メーカー/開発者側へ
・「選択的低減」(帯域やタイプの優先制御)を前提にする
・緊急音・呼びかけの代替通知(可視化・振動など)をセットで考える
・“使い続ける”ための設計(蒸れ・圧迫・眼鏡干渉・管理のしやすさ)
学校・職場・施設運用側へ
・音環境の選択肢(席・部屋・退避場所)を用意する
・イヤーマフ等の使用を前提化し、注意や誤解が起きないルールを作る
・必要情報を音以外でも伝える(掲示、テキスト通知、光・振動)
当事者・家族へ(※「努力しろ」ではなく選べる方向で)
・使い方の工夫だけでなく、説明・交渉のためのツール(カード等)を持つ
・「遮音が強い=最適」ではない前提で、場面別に複数手段を持つ
・“無理しない撤退”を前提に、回復の設計(休憩・退避)を確保する
10. おわりに 共創でつくる「音のバリアフリー」
本調査から見えてきたのは、聴覚過敏を持つ方々が日々向き合っている「遮音と安全のトレードオフ」という、個人の努力だけでは解決できない構造的な課題でした 。
「苦手な音だけを下げたい」という願いは、わがままではなく、社会に参加し続けるための切実な生存戦略です 。これまで私たちは、当事者がイヤーマフや耳栓という「装備」で自らを守る姿を見てきましたが、真の解決は、個人の適応に委ねるのではなく、製品設計、空間デザイン、そして周囲の理解が三位一体となって初めて実現します 。
調査結果の公開にあたって
感覚過敏研究所では、設立以来、当事者やご家族の声を集めるアンケート調査を継続的に実施してまいりました。これらのデータは、私たちの活動の原点であり、宝物です。
これまでは内部的な知見として活用してきましたが、社会全体で感覚過敏への理解を深め、より具体的な解決策(製品やサービス)を社会実装していくためには、これらの「生の声」を広く共有することが不可欠であると考え、この度、調査結果を一般公開することにいたしました。
2022年に実施した調査ではありますが、そこに綴られた困りごとや工夫の本質は、今もなお多くの当事者が直面している現実そのものです。
共同研究・調査に関する呼びかけ
私たちは、この調査結果が単なる記録に終わるのではなく、新しい技術やサービスの「種」になることを願っています。
・「選択的遮音」を実現する新しいデバイスの開発
・公共空間やオフィスにおける「静音設計」の検証
・感覚過敏に配慮した店舗運営や接客ガイドラインの策定
これらを実現するため、感覚過敏研究所では、当事者の視点を取り入れた共同研究や、特定の領域における深掘り調査を希望される企業・研究機関の皆様を広く募集しております。
音の課題を『個人の体質』から『社会の設計』へと再定義し、誰もが安心して外の世界へ踏み出せる『音のバリアフリー』な未来を、産学官の垣根を越えた連携によって加速させていきたいと考えています。
詳細な図表と調査手順は、PDF版の調査報告書にまとめています。必要な方は、そちらもご覧ください。
【企画・調査・発行】
感覚過敏研究所(運営:株式会社クリスタルロード) 代表:加藤路瑛
※共同研究・実態調査のご依頼、および本データ引用に関するお問い合わせは当研究所までご連絡ください。
